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水のゆくえ:アクアカフェ から原野へ

土は水によってかたちをなし、人は水によっていのちをつむぐ。

ひとが大地に住まうために最初に必要とされるのは、古来、水の制御であった。ひとは水が手に届く範囲に生き、文明は河のほとりで生まれ、水の流れるみちと、ひとやものが移動するみちが、むらやまちを形成した。水の勢いをなんとか制御し、生存の基盤が形成されると、ひとはその風土での自然との関係を表象する「にわ」をつくり、文字通り「文化=耕されたところ cult-ure」を生み出した。

京のみやこも例外ではない。

京都の東端、美術館の横を流れる琵琶湖疏水は、京都が近代都市へと脱皮する礎であった。全長8.7kmの第一疏水は、土木用重機などない時代に、人力で大地を掘り削ってつくられた。明治23(1890)年に完成した疏水は、発電、舟運、飲料・防火・工業用の水をみやこにもたらした。大津市三保ノ関の取水口から流れてきた琵琶湖の水は、やがて、みやこの東の僻地にすぎなかった岡崎の地に、壮麗な別荘庭園群を生み出した。今も市民生活の基盤を支える琵琶湖疏水は、今年、完成120周年を迎える。

他方、京都の西端、静かな里山の風景の残る大枝・大原野地域では、現在、水ではなく、車が流れる高速道路建設のために、多くの民家や竹林、柿畑が次々と取り壊され、風景の大きな改変が進行している。そのなかには、この地が開拓された元禄~享保の頃から存続してきた民家もあった。つくられた当時の姿をそのままとどめる土塀や門屋の壁は、300年近く前に近隣の山野からとられた土でできていた。

「水のゆくえ/アクアカフェ」は、この京の西の端の民家解体現場から江戸時代の土くれ約12tを救い出し、東の端の岡崎の地に運んで琵琶湖疏水の水と捏ね合わせ、ひとと水の関わりを問い直す空間をつくるプロジェクトである。そこには、同じくつぶされる大原野の竹林から取った竹数十本、同地の田で採り集めたワラ数十束、そしてさまざまな人の手と身体が参入する。

土は、焼成したりしないかぎり、ほぼ無限に再生利用できる素材である。それは、水とともに、ひとの歴史的時間を越えて偏在する世界の元素(エレマン)であり、建築から化粧にいたる人類のあらゆる造形活動の最古の原素材(マチエール)である。かつてひとは、身の回りの土を使って住まいをかたちづくり、壊れてもまた土を再利用して新たな住まいへと転生させた。土は、市場で購入したりする必要のない一種のオープン・ソースであり、それらを使って自らの生きる環境を形成することは、オープン・テクノロジーとしてそれぞれの地域で世代を通じて共有されていた。

水についていえば、水道が普及する以前、あるいは水道がない地域で、ひとは川や泉、あるいは地下の水源から、さまざまな道具と身体技術を駆使して水を入手し、運び、利用したし、今も世界各地でそうした営為が続いている。だが現実には、この水の惑星全体の水約14億km3のうち、人が生活に利用できる水は0.01%程度にすぎず、世界の9億人近くが安全な水を飲めないでいる。アフガニスタンで井戸や用水路の建設を行っている医師の中村哲氏は、清潔で安全な水を確保することが何よりの医療行為であると説く。上下水道というインフラの整った社会に生きるわれわれは、蛇口をひねれば水が出ることを当然と思っており、生存の基盤を支える治水事業が命がけの営為であることも忘れている。琵琶湖疏水の工事の犠牲者は、弔魂碑に刻まれた17名にとどまらない。

アクアカフェは、そうした忘却に抗して、われわれの生存を支える水がどこから来て、どこへ行くのかをたずね直す試みである。と同時に、資本主義市場と専門技術の占有体制の手前で、地上に生きるひとびとが共有しうるオープン・ソースやオープン・テクノロジーへのアクセスをはかる試みでもある。

実際、われわれは、地域の人々との交流や労働のなかで、土・竹・藁などの主な自然素材のすべてを無償で入手できた。だがそれは、素材を再私有化したり、専門技術を軽視することではない。逆に、素材と技術に内在する理(ことわり)を身体的に学び直し、それらを生存の作法として、人と人、人と自然のつながりや循環のなかに置き戻すためである。ひとが生きるための素材と技術は、与え/与えられるという、金銭に還元されない悦びとともにもっと交換・共有されていい。

疏水沿いの古い土の空間で飲むいっぱいの水は、価値の源泉を問い直すための「原野」へと、われわれを誘い出してくれないだろうか。

井上明彦

*『Trouble in Paradise / 生存のエシックス』展 ワークブック(京都国立近代美術館編、2010)所収



# by aKCUA-Cafe | 2010-12-01 03:00 | テキスト text

協力者

Aqua-Café/@KCUA-Caféの実現にご協力いただいた、多くの機関・個人の方々に深く感謝いたします。
(井上明彦)

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京都国立近代美術館
京都市上下水道局 疏水事務所
独立行政法人 日本学術振興会
国立民族学博物館
京都府立総合資料館
平安神宮
大藪農園
創作建築工房大五
(株)松尾工務所
(株)吉井工務店
日本ベーシック(株)
岡本繁樹(京都市上下水道局下水道建設部)
松下輝孝(松下左官店)
内池軍次(建築物設備管理コンサルタント)
cafe de 505
大枝アートプロジェクト実行委員会

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制作協力:

長谷川直人(京都市立芸術大学教授・陶磁器)

中ハシ克シゲ(京都市立芸術大学教授・彫刻)
松井紫朗(京都市立芸術大学准教授・彫刻)
前田剛志(同志社女子大学講師・映像)
京都市立芸術大学陶磁器研究室

秋山 陽(京都市立芸術大学教授・陶磁器)
重松あゆみ(京都市立芸術大学准教授・陶磁器)
森野彰人(京都市立芸術大学准教授・陶磁器)
栗本夏樹(京都市立芸術大学准教授・漆工)
藤野靖子(京都市立芸術大学准教授・染織)
椎原 保(京都市立芸術大学講師・構想設計)

小中行雄(「水のゆくえ:連鎖する水声」ボランティア)
中野宗和(「水のゆくえ:連鎖する水声」ボランティア)
小石原剛(美術家)
堀 香子(陶芸家)
後藤さん(彫刻家・山科区)
弓桁信彦(工務店勤務・大津市)
三角真一(野良人間)
高木舞人((株)ダン計画研究所)
井上萌子(デザイナー)
小林可奈(デザイナー)

嶋田康佑(京都市立芸術大学OB)
山口哲史(同上)
堀内 航(同上)

中島 彩(京都市立芸術大学大学院生)
土橋 藍(同上)
村田ちひろ(同上)
富元秀俊(同上)
日下知恵子(京都市立芸術大学学生)
熊谷正芳(同上)
木下愛理(同上)
前田菜月(同上)
中西瑞季(同上)
奥村 彩(同上)
谷口 悠(同上)
稲垣若菜(同上)
村上直樹(同上)
森井綾乃(同上)
延命光希(同上)
九鬼みずほ(同上)
寺本美波(同上)
南 大樹(同上)
小林まり絵(同上)
村里愛美(同上)
森田彩加(同上)
一柳瑞穂(同上)
藤村佳朋(同上)
門田 元(専門学校生)

福岡直人(小学生)
長谷川彌(同上)
森野隼次(同上)
金沢倫太郎(同上)
椎原一景(同上)
椎原葉子(同上)
小森ひかる(同上)

ほか、飛び入りで参加下さった方々

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疏水フィールドワーク:

生存のエシックス・プロジェクトチーム
(高橋悟・中ハシ克シゲ・松井紫朗・前田剛志ほか)
穴風光恵(成安造形大学情報メディアセンター )
西尾真由子(大阪大学大学院生)
ほか

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撮影協力:
四方邦煕

(順不同・敬称略)



# by aKCUA-Cafe | 2010-12-01 02:00 | 協力者 collaborators

問合せ

井上明彦 INOUE Akihiko
京都市立芸術大学造形計画研究室
Visual Plannning Lab.
Kyoto City Universiry of Arts
Lab: tel&fax 075-334-2271
Home: tel&fax 075-955-5988
mobile: 090-6064-7801
akihikoi1@me.com
http://akihiko-inoue.com/




# by aKCUA-Cafe | 2010-12-01 01:00 | 問合せ contact

場所について、あるいは"Okazaki Channel"

場所について、あるいは\"Okazaki Channel\"_b0205315_2334745.jpg

そもそも『Trouble in Paradise / 生存のエシックス』展は、美術館の内側に限定された従来型の「展覧会」ではなく、美術館の立地する岡崎というサイトへも射程を広げるものだった。
2008年、この展覧会を企画した高橋悟さん(京都芸大構想設計准教授)は、後者を「岡崎Channel」と名付けた。
岡崎という土地の歴史性や地理的・生態学的特性を、作品やプロジェクトのなかに取り込むこと。
これは、この展覧会が、「京都芸大創立130年記念事業協賛」であり、この130年という歴史的時間を考慮に入れることと関連していた。当然、そこには、京都という都市の近代化への問いかけがあり、その起動力となった琵琶湖疏水が、この岡崎の地を根底的に変えたことへの配慮が必要になる。
「岡崎Channel」は、井上明彦の担当ということになり、当初は独自の「歩行ガイド」の作成が求められた。しかし、紆余曲折あって、結果的には、疏水フィールドワークとアクアカフェの実現というかたちに変化した。

とはいえ、アクアカフェは、恣意的に「カフェ」になったのではなく、岡崎という土地のリサーチをふまえたものである。
この地は「岡崎円勝寺町」というが、平安時代に六勝寺と総称される六つの寺があったとはいえ、応仁の乱以後は衰退いちじるしく、明治のころは人家も疎らで、空き地の広がる僻地だった。
それが、ちょうど120年前の琵琶湖疏水の開削により、内国勧業博覧会の誘致とそれに続く平安神宮の造営を機に、この地は京都近代化のシンボリック・ゾーンになっていった。南禅寺近辺には、庭師・植治によって疏水の水を引き込んだ壮麗な別荘庭園群が次々とつくられた。神宮道の両側は、美術館や文化会館、動物園が集まる観光風致地区となった。

プロジェクトを進める過程で、平安神宮宮司の本多和夫さんと交流が生まれ、造営当時の貴重な画像を提供いただいた。
それらは、岡崎という土地もまた、大地のうえに歴史や文化が折り重なった重層的な場所であることをよく示すものだった。
場所について、あるいは\"Okazaki Channel\"_b0205315_156281.jpg
明治25(1892)年ごろの岡崎の地。北から南を見る。人がいるのが今の平安神宮大鳥居あたりか。
場所について、あるいは\"Okazaki Channel\"_b0205315_1591922.jpg
同じ明治25年頃、疏水の南側から北を望む。今の近代美術館がある場所の以前の状況。
場所について、あるいは\"Okazaki Channel\"_b0205315_221948.jpg
明治26(1893)年9月3日、内国勧業博覧会のための紀念殿(パヴィリオン)建設の地鎮祭の情景。ものすごい人出で、人々は三日三晩踊り明かしたという。

疏水の南側から北向きに撮影され、今の鳥居の位置に、張りぼての鳥居が見える。
手前に疏水と、その水辺で憩う人々。疏水の向こう岸に茶店が建っている。
アクアカフェ予定地とほぼ同じ場所。しかも同じ仮設建築物。
この発見は、制作の根拠を固めてくれた。

写真に写っているのと同じ場所に建っている美術館の1階ギャラリーの窓に、この写真を裏返しにして拡大展示した。タイトルはしゃれをこめて、"W-here"。
場所について、あるいは\"Okazaki Channel\"_b0205315_2205679.jpg

美術館という場所も、今ある風景も、絶対的に定まったものではない。
いわゆる「土地の特性 site specificity」とは、固定的なものではない。
数百年、あるいは数千年以上の時間軸で見れば、土地はアイデンティティなど持たないのだ。
想像力によって、今ある土地の風景から、歴史や文化の地層をベリッとはがして、「原野」の状態をむき出しにすること。
アクアカフェが建てられるべきなのは、その原野、名もない地面のうえ、なのだ。
このことが、岡崎のリサーチを通して確信された。




# by aKCUA-Cafe | 2010-11-01 01:00 | 場所 site

アクアカフェの解体 Decomposition of @KCUA Café

● ● ●

「Trouble in paradise / 生存のエシックス」展の会期は、2010年8月22日(日)まで。
展覧会は終わったが、@KCUA Caféは解体プロセスも「展示」する。
なぜなら、今回かたちになったアクアカフェは、それ自体がいわゆる「展示作品」なのではなく、土の再生と循環のひとつのプロセスの提示にほかならないからだ。
とはいえ、美術館から要請されている9月初旬までに完全撤去できるか、やってみないとわからない。

翌23日(月)は、午前中、2ヶ月ぶりに休みを取り、午後は内部を撮影。
24日(火)は、夜明け前から撮影。午後から解体作業に入った。

作業は、解体というより分解。
土は再利用、竹も窯の燃料として活用するので、峠の茶屋の解体大藪家の解体のときと同様、ていねいに分解し、素材を回収していく。

分解と収集作業は、さいわいにも24日午後から28日までの5日間で終えることができた。
9月1日にすべての資材をふたたび芸大に持ち帰って、美術館の床を掃除・洗浄し、元通りに戻した。


⇒ 解体 decomposition(1) 2010/8/24(tue)
⇒ 解体 decomposition(2) 2010/8/25(wed)
⇒ 解体 decomposition(3) 2010/8/26(thu)
⇒ 解体 decomposition(4) 2010/8/27(fri)
⇒ 解体 decomposition(5) 2010/8/28(sat)
⇒ 土の回収 retrieve of earth 2010/9/1(wed)
# by aKCUA-Cafe | 2010-09-11 23:00 | 解体 decomposition


水のゆくえ/アクアカフェ2010ドキュメント


by イノウエアキヒコ

カテゴリ

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コンセプト concept
場所 site
大藪家 Oyabu's house
峠の茶屋 Touge-no-chaya
土のいえ Earthen house
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