カテゴリ:琵琶湖疏水 Biwako Canal( 5 )

琵琶湖疏水 Lake Biwa Canal

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疏水フィールドワーク Field work of the Canal (1) 
疏水フィールドワーク Field work of the Canal (2) 
第一竪坑 First Pit Shaft (1) 
第一竪坑 First Pit Shaft (2) 



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by aKCUA-Cafe | 2010-09-11 11:00 | 琵琶湖疏水 Biwako Canal

琵琶湖疏水:疏水フィールドワーク(1)

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「岡崎チャンネル」——美術館の横を流れる琵琶湖疏水をテーマに取り入れることを決めてから、2009年夏以来、何度か集中的に疏水のフィールドワークを行い、琵琶湖からの水の流れや経路、地形を身体的に把握することをこころがけた。

とくに地形などは、うまく把握できれば、歩いているだけで、起伏のある大きな彫刻の表面をなぞっているような楽しみ方ができる。イサム・ノグチが、大地は彫刻的対象と言ったゆえんだ。

「風景」というと、一般的には静的な視覚の対象、「地理」というと、土地の知的概念的認識だが、「地形」は、歩く身体にとって、刻一刻と変化する動的な造形的対象である。「造形的」とは、言葉の原義において"plastique 可塑的”ということだ。
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改装なった琵琶湖疏水記念館に、大正期における岡崎一帯の水の流れを視覚化した模型がある。
疏水の開設は、京都の都市インフラだけでなく、岡崎一帯に壮麗な庭園文化を生み出した。
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2009年11月28日、疏水事務所の岡本所長のはからいで、碧雲荘庭園を見学させていただく。
東山を借景に、疏水から引き込んだ水で池をつくり、またその水を疏水に戻す。
この庭の作法は、アクアカフェにも必ず取り入れなければならない。

人間は、水をコントロールして大地を征服すると、次にその水の流れを楽しむ「庭」を生み出す。庭の空間は、水の流れによって、人間の目と身体の動きを導く。それは時代や地域の宇宙観・自然観に呼応する。これは古今東西変わらない文明史的事実。
松井紫朗氏らとやっていた「宇宙庭」もこのことを概念的な起点にしている。

それにしても、人間はなぜおだやかな水の流れを見ると落ち着くのか? 流れる水に見飽きないのか?
自然を手なずけたづけた安心感からか? 自我が自然的時間の流れのなかに溶解するからか?
これは造形芸術全体の根本問題につながる問いだ。


琵琶湖疏水:疏水フィールドワーク(2)
琵琶湖疏水 Lake Biwa Canal top




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by aKCUA-Cafe | 2010-09-11 10:50 | 琵琶湖疏水 Biwako Canal

琵琶湖疏水:疏水フィールドワーク(2)

毎年1月から3月まで、琵琶湖第一疏水は、水路のしゅん渫・維持補修のため、停水する。
今年は、2010年1月6日(水)から3月17日(水)まで。
水がひけば、疏水の物理的な躯体が把握しやすくなる。また水の流れの急激な変化から得ることも多いだろう。
そこで、この時期、生存のエシックス・プロジェクトチーム全体による湖疏水フィールドワークと撮影を3回行った。疏水事務所の特別のはからいである。
この疏水フィールドワークは、それぞれで進行していたプロジェクトチームのメンバーが集まり、からだを動かしながらアイデアの発見と共有を行う機会ともなった。

第1回フィールドワークと撮影:1月6日(水)・8日(金) 停水

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大津取水口と第一トンネル手前の配備。
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撮影場所は、動物園に接した南禅寺舟溜り、蹴上の関電発電所と第三トンネル出口、四ノ宮付近、大津の第一疏水取水口。
減水は予想以上にゆっくりだった。


第2回フィールドワークと撮影:2月19日(金) 第一トンネルと第一竪坑

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プロジェクトチームのメンバーと、水の引いた第一トンネルのなかに入る。
河床はRがついていて、水が20cmほどある。

三井寺の脇から山科の藤尾まで、第一トンネルは長さ2436m。
着工は、明治18年(1885)。煉瓦積みの原型が残っていれば、まちがいなく重文級の文化財だが、残念ながらコンクリートで全面補修されている。

2003年の新開地アートブックプロジェクトのときに出会った湊川隧道は、明治時代の煉瓦積みがそのまま残っていた。あれは忘れがたい空間だった。明治時代に都市インフラを築いた工人たちの技術力の高さを実感したのは、それからだった。

今回もまた、この第一トンネルの中で、その高度な技術的所産、第一竪坑との決定的な出会いをはたすことになる。


第3回フィールドワークと撮影:3月16日(火) 通水

停水と同じ配備で、疏水にふたたび琵琶湖からの水が流れるのを撮影。


琵琶湖疏水:第一竪坑(1)
琵琶湖疏水 Lake Biwa Canal top




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by aKCUA-Cafe | 2010-09-11 10:40 | 琵琶湖疏水 Biwako Canal

琵琶湖疏水:第一竪坑 The First Pit Shaft (1)

アクアカフェの楕円形平面のモデルは、琵琶湖疏水の第一竪坑である。

琵琶湖疏水は、1885(明治18)年8月6日、まず第一竪坑から着工した。
三井寺の脇から山科の藤尾に抜ける第一トンネルは長さ2436m、当時日本最長で、人力でそんなに長く一直線に掘り進むのは無理だから、両側から掘り進めると同時に、山の上から垂直に穴を掘り、そこから両方向に掘っていくシャフト方式を採用した。疏水設計者の田邉朔郎の発案で、日本初の竪坑である。
深さ約47m、これで工事促進、採光、換気をはかる。
だが、現在のような掘削機などない。人力による手掘りだ。掘った土の搬出は人力エレベーター。膨大な湧き水が出て、それも汲み出さねばならない。今からは想像を絶する難工事で、数人の坑夫が転落して命を落とした。
だが、この命がけの工事ができなければ、第一トンネル開通は不可能、したがって琵琶湖疏水そのものもできず、京都の都市近代化もまったく異なるものになっていただろう。

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2010年2月19日、疏水フィールドワークで、洗浄のため止水された第一トンネルに入った。そのトンネルの暗闇のなかで、下から第一竪坑を見上げる機会があった。
Rをつけた手焼きの煉瓦が丁寧に手積みされ、動きのある美しい曲面をかたちづくっている。

見事だった。

50m近い穴の深さは、真底からは実感できない。
全体が視覚的につかめないこの垂直の穴が、近代京都の水の要となったのだ。
何か、「すべてがある」、そう直感した。
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第一竪坑の設計図面(田邊朔郎『琵琶湖疏水工事図譜』明治18年刊 より)。

疏水事務所から依頼を受け、第一竪坑案内板をデザインしているとき、関連資料としてコピーさせてもらったなかにあった。
長軸3.2m、短軸2.7mの正楕円。
この楕円からアクアカフェのかたちとプロポーションを引き出そうと決めた。
水をテーマにするアクアカフェにこれほどすばらしいモデルはない。
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同2月19日のフィールドワークで。第一竪坑の地上部分。
第一トンネル出口から東へ740m、近江と京都を結ぶ山道・小関越えの旧道をはずれた山中にある。現在は古い煉瓦積みの円筒(直径5.5m)がひっそり建っているが、上部が半ば崩れ、立入り禁止区域になっている。


琵琶湖疏水:第一竪坑(2)
琵琶湖疏水 Lake Biwa Canal top




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by aKCUA-Cafe | 2010-09-11 10:10 | 琵琶湖疏水 Biwako Canal

琵琶湖疏水:第一竪坑 The First Pit Shaft (2)

第一竪坑については、もうひとつ個人的な縁がある。

2009年の夏に、「生存のエシックス」展への協力の打診に疏水事務所にうかがった。
当時の岡本繁樹所長は、疏水をアートの観点から見直したいというわれわれの提案に理解を示され、協力を約束くださった。それが2010年1〜3月の疏水フィールドワークにつながる。

だが、そのとき同時に、岡本所長が進められていた疏水扁額案内板のデザイン監修を依頼された。
当初は、監修だけということで引き受けたのだが、発注先の業者がデザインができないことがわかり、急きょ、こちらでデザインまで行うことになった。
仕事内容は、第一疏水の三つのトンネルの出入り口に掲げられた、山県有朋ら明治期の元勲が書いた扁額6点について、ガイド地図・写真・解説文を合わせた案内板を作るというもの。
専門業者が請け負うべき大きな質量の仕事だったが、疏水を使える可能性を保持するためと、岡本所長の誠実な人柄に共感して、ほとんどボランティアで取り組んだ。
このデザイン作業は、本を読むだけでは得られない疏水の地理や歴史に関する具体的な知識を得る機会にもなった。
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「扁額でたどる琵琶湖疏水」。これは第3トンネル出口。

トンネルの出入口につける6点は2009年11月はじめに設置を完了したが、もう一点、設置時期は未定だが、どうしても今期じゅうにつくっておきたい案内板があるといわれ、それが第一竪坑だった。
疏水設計者の田邊朔郎の設計図面への急接近も、この機会に可能になった。
下請けデザイン業者として働いた甲斐があったというものだ。
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第一竪坑案内板。バックの丸い図形は第一トンネル断面。
明治期の第一竪坑の施設配置図を、デジタル処理してのせている。
6月に納品され、竪坑周辺が整備されるまで、当分、疏水事務所に保管されることになった。

「竪坑は国の史蹟になったので、勝手に修復もできないが、将来はまわりを史蹟公園にできたら」と岡本もと所長は言う。明治の工事期に周囲の情景を写した写真が、京都府立総合資料館の北山アーカイブスにある(⇒*)。
将来、この案内板が、第一竪坑のアピールに役立つならうれしい。

7月初め、辰巳疏水事務所長から、アクアカフェが完成したら、この案内板を脇に仮設置して、人々の理解を促してはどうかと提案いただいた。願ってもない良案で、二つ返事で承諾した。
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8月18日(火)、アクアカフェのオープンとともに、横の足場にとりつけた第一竪坑案内板。

たいていの人は、第一竪坑と言っても知らないので、たいへん役立つ。わかりにくい場所も地図で説明できる。
今年(2010年)が琵琶湖疏水120周年ということもほとんど知られていないのだ。


琵琶湖疏水 Lake Biwa Canal top



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by aKCUA-Cafe | 2010-09-11 10:00 | 琵琶湖疏水 Biwako Canal


水のゆくえ/アクアカフェ2010ドキュメント


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