琵琶湖疏水:第一竪坑 The First Pit Shaft (2)

第一竪坑については、もうひとつ個人的な縁がある。

2009年の夏に、「生存のエシックス」展への協力の打診に疏水事務所にうかがった。
当時の岡本繁樹所長は、疏水をアートの観点から見直したいというわれわれの提案に理解を示され、協力を約束くださった。それが2010年1〜3月の疏水フィールドワークにつながる。

だが、そのとき同時に、岡本所長が進められていた疏水扁額案内板のデザイン監修を依頼された。
当初は、監修だけということで引き受けたのだが、発注先の業者がデザインができないことがわかり、急きょ、こちらでデザインまで行うことになった。
仕事内容は、第一疏水の三つのトンネルの出入り口に掲げられた、山県有朋ら明治期の元勲が書いた扁額6点について、ガイド地図・写真・解説文を合わせた案内板を作るというもの。
専門業者が請け負うべき大きな質量の仕事だったが、疏水を使える可能性を保持するためと、岡本所長の誠実な人柄に共感して、ほとんどボランティアで取り組んだ。
このデザイン作業は、本を読むだけでは得られない疏水の地理や歴史に関する具体的な知識を得る機会にもなった。
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「扁額でたどる琵琶湖疏水」。これは第3トンネル出口。

トンネルの出入口につける6点は2009年11月はじめに設置を完了したが、もう一点、設置時期は未定だが、どうしても今期じゅうにつくっておきたい案内板があるといわれ、それが第一竪坑だった。
疏水設計者の田邊朔郎の設計図面への急接近も、この機会に可能になった。
下請けデザイン業者として働いた甲斐があったというものだ。
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第一竪坑案内板。バックの丸い図形は第一トンネル断面。
明治期の第一竪坑の施設配置図を、デジタル処理してのせている。
6月に納品され、竪坑周辺が整備されるまで、当分、疏水事務所に保管されることになった。

「竪坑は国の史蹟になったので、勝手に修復もできないが、将来はまわりを史蹟公園にできたら」と岡本もと所長は言う。明治の工事期に周囲の情景を写した写真が、京都府立総合資料館の北山アーカイブスにある(⇒*)。
将来、この案内板が、第一竪坑のアピールに役立つならうれしい。

7月初め、辰巳疏水事務所長から、アクアカフェが完成したら、この案内板を脇に仮設置して、人々の理解を促してはどうかと提案いただいた。願ってもない良案で、二つ返事で承諾した。
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8月18日(火)、アクアカフェのオープンとともに、横の足場にとりつけた第一竪坑案内板。

たいていの人は、第一竪坑と言っても知らないので、たいへん役立つ。わかりにくい場所も地図で説明できる。
今年(2010年)が琵琶湖疏水120周年ということもほとんど知られていないのだ。


琵琶湖疏水 Lake Biwa Canal top



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by aKCUA-Cafe | 2010-09-11 10:00 | 琵琶湖疏水 Biwako Canal


水のゆくえ/アクアカフェ2010ドキュメント


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