材料調達:土の救出 earth from Edo period (5)〜大藪家・土塀その2

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5月28日(金)、土塀はまだ3分の1近く残っている。

授業日以外は参加学生たちは激減する。しかし土地明け渡し期限の月末がせまっているので、一人でも二人でも作業を続ける。
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残った土塀を内側から見ると、積まれた泥団子のあとがはっきりわかる。
大藪家は、おそらくこの土地が開拓された17世紀後半以後、早い時期にこの地に建てられたと思われる。近くのお寺・重保院の半鐘は、享保20年(1735)8月15日鋳造とあるから、その前後ではないか。
ということは、この練り土積みの土塀の最古の部分は、やはり250〜300年近く前のものと推定できる。
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練り土積みの土塀の泥団子。積まれたままのかたちで残っていて、手ですんなりはずれる。
だから壁は、「崩す」というより、「分解する」感じ。
手で持つと、かつてこれをつくった人間の手の暖かみを感じる気がする。
こんな工法で300年もつのだ。コンクリートなどせいぜい20〜30年しかもたないのに。
しかも土はほぼ無限に再生できるが、業者が扱うコンクリートはゴミになって廃棄処分するしかない。
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中からヤモリの卵の殻がたくさん出てくる。
生きてるヤモリもたくさんいて、だいぶ救い出した。
彼らもまた立退きの憂き目にあっているのだ。


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5月29日(土)、午前中は一人で作業していたが、午後から大枝アートプロジェクトのメンバー・椎原保さんらが来てくれる。

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壁の最後の部分を押し倒す。


b0205315_23481010.jpg最後は、男三人で土嚢100数コを軽トラでピストン輸送、松尾工務所の菜園のはずれに置かせてもらう。
これで総計約380個。総計10〜12tはある。

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更地になった大藪家の敷地は広大だ。
中央に井戸のあとがあった。
埋め立てられているが、近づくと足がずぶずぶとぬかるみに引きずり込まれる。
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井戸跡の中心に塩ビパイプが埋込まれ、塩と酒が地面にまかれて清められている。
これは、解体を受け持った吉井工務店の吉井会長の所業。
水の神は怖いからな、という。
吉井会長によれば、井戸は巨大なもので、埋めるのに、4トンロングのトラックに山盛りの砂が10杯必要だった。
大藪家ができたのは、水道のない江戸時代。
井戸は開拓された地域の生活の中心として、また大藪家の生業であった酒づくりのためにも、重要な役割を果たしたのだろう。

ひとは、水の制御と確保によって、自然の「大地」を人間の「土地」に変える。
しかし今、井戸が埋め殺されたこの敷地は、「大地」と「土地」のあいだで宙づりとなっている。
この「非-場所 non-lieu」は、やがて道路になる。

「水のゆくえ」。
ここ、京のみやこの西の端と、東の端の疏水に関わるアクアカフェをつなぐテーマは、これしかない。


材料調達:土の救出 earth from Edo period (6)〜土を運ぶ

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by aKCUA-Cafe | 2010-09-04 06:00 | 材料 materials


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